おおいぬ座・こいぬ座物語

 冬の王者オリオン座の東に、おおいぬ座とこいぬ座があります。おおいぬ座は全天一の明るさを誇る1等星シリウスが、こいぬ座にも1等星プロキオンがあって、オリオン座の1等星ベテルギウスを加え冬の大三角を作っています。

 おおいぬ座は比較的形の整った星座で犬の顔や手足を星でたどることができます。星座絵ではお座りしてお手をしているかのポーズで描かれ、目の前のうさぎを食べたそうにしている様子です。この星座にはシリウス以外には2等星が4つあり、中でもアダラは2等星の中で最も明るい(1.50等級=四捨五入で2等級)ことで知られています。つまり、おおいぬ座は最も明るい1等星と2等星を持っていて形もわかりやすい、魅力的な星座なのです。派手なオリオン座に目を奪われがちですが、ぜひおおいぬ座にも注目してください。
 一方、こいぬ座はプロキオンの他には3等星ゴメイザくらいしか目立ちません。しかも星座の線はこの2つを1本のまっすぐな線で結ぶだけ!めちゃシンプル!べつにこいぬでなくても何でもいいのですけれど、シリウスが元々古代ギリシャで犬の星とされていたことと狩人オリオンが近くにある事からおおいぬ座とセットでオリオンが連れていた犬としておさまった…と考えられます。プロキオンという星名は”犬の前に”という意味で、犬の星シリウスの前に東から昇ることから名づけられたと言われています。

 さて、このようにおおいぬ座、こいぬ座はオリオンの犬という見方が一般的なのですが、実はそれぞれオリオンとは無関係の神話がいくつか伝えられています。今回はその中でもオウィディウス「変身物語」で語られる神話をご紹介することにしましょう。まずは、こいぬ座のお話です。

狩りの後のディアナ(=アルテミス)
フランソワ・ブーシェ画(1745年)

 ギリシャのテーバイを興したカドモス王の孫アクタイオンはケイローンから狩りを学んだ立派な若者でした。ある日、50匹の犬を引き連れて仲間と共にキタイロン山で鹿狩りをしていましたが、一定の成果があったので休憩することにしました。そこはガルガピエの谷という場所で、女神アルテミスの聖地でした。その谷の奥にある洞窟には泉があって、女神は狩りの後、お付きのニンフたちと共に水浴びをするのでした。そうとは知らないアクタイオンは、その洞窟に一人迷い込み、ちょうど水浴びをしている裸のアルテミスを見てしまいます!

ディアナとアクタイオン
ティッツァーノ画(1556-1559年)

 あまりの美しさにアクタイオンの眼は釘付け!周りのニンフは声をあげながら女神の身体を隠します。アルテミスは恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしながら、立ち尽くすアクタイオンに泉の水を浴びせて、こう言い放ちました。「裸のアルテミスを見たと言いふらすがいい!もし、言えるものならね!」。するとどうでしょう、アクタイオンの額からは角が生え、あごは長く耳は尖り、手はけものの足に、そして全身がまだらの毛皮でみるみる覆われてしまいました。水に映すとそこには鹿の姿が…。アクタイオンは声にならないうめき声をあげていました。

 鹿になったアクタイオンは、そこを逃げ出し途方に暮れながら森をさまよいました。そして、ついに自分の猟犬たちに見つかってしまいます。追いかけられ、かみつかれながら「俺はアクタイオンだ!お前たちの飼い主なんだぞ!」そう言いたかったけれど言葉になりません。犬たちは主人とは気づかず容赦ない攻撃をしてきます。とうとうアクタイオンは犬たちによって八つ裂きにされ、苦しみ悶えながら絶命してしまいました。立派な鹿を仕留めた犬たちは早くこの成果をほめてもらいたくて主人を待ちました。いつまでも主人を探し待ちました。これをあわれに思った神ゼウスが犬の1匹を天に上げ、こいぬ座にしたということです。

 いやあ、残酷なお話ですね。プラネタリウムでも子ども向けには紹介しづらい神話です。オウィディウスによると、アクタイオンはたまたま悪気なく迷い込んだだけで罪はないと言っています。なのに、女神アルテミスの仕打ちは残酷過ぎると思いませんか?男の立場としてはアクタイオンに激しく同情してしまいます。ちなみに別バージョンでは、裸のアルテミスを見たアクタイオンが欲情して襲いかかったというのもあります。これなら八つ裂きにされても仕方がないですけどね。

 続いて、おおいぬ座のお話です。

俊足のライラプスがおおいぬ座になったという…
(この星座絵からはそう見えませんネ)

 ギリシャのテーバイで恐ろしいキツネが人々を苦しめていました。人里に現れては、家畜ばかりか子どもまでも食い殺していたのです。何度も犬を放ったり罠を仕掛けたりして捕まえようとしましたが、人間をあざわらうかのように軽々と逃れていってしまいます。実はこのキツネ、酒の神ディオニソスが育てた怪物で、決して捕まらない運命を持つキツネだったのです。困った人々はアテナイのケパロスにキツネの捕獲を依頼します。なぜかと言うと、ケパロスは決して獲物を逃さないという運命を持つ犬ライラプスと狙った的に必ず当たるという槍を持っていたからなのです。
 ライラプスはすぐにキツネを見つけ追いかけます。そして、怪物キツネとライラプスの追いかけっこが目にも止まらない速さで展開されました。ライラプスはもう少しのところまで追いかけますが捕まえることができません。一方キツネも完全に逃げ切ることができません。その戦いは決着がつかないまま、長い時間が経過しました。
 

 この状況を見てケパロスはいらだちました。「まさかライラプスが捕まえられないなんて…かくなる上は狙った的に必ず当たるこの槍でキツネを倒すしかあるまい!」そう思ったケパロスは槍をキツネに投げつけようとします。その時、これを見ていた大神ゼウスがこの見事な戦いに水を差すのは惜しいと考え、キツネとライラプスを石に変えてしまいました。そして記念にライラプスを天に上げ、おおいぬ座にしたと言われています。

 う~む、力業でゼウスが決着をつけましたね。設定から結末まで、なかなかよく考えられていると思います。もし、ゼウスが石に変えなければ、ケパロスの槍がキツネにあたるはず。しかし、キツネは捕まらない運命ですから槍には当たったけれどそのまま逃げ続けて追いかけっこは終わることがない!という状況になるのではないでしょうか。さすがにこれではあまりにも無理がありますし、話を聞く人も「どないやねん!」とあきれてしまいますよね。なので、この結末が上手い落としどころかなと個人的には思います。

 ところで、このお話におけるケパロスの槍はオマケ的な扱いですが、ケパロスとその妻プロクリスに関する有名な悲劇の中で重要なアイテムとして登場します。星座とは関係ありませんが、参考までに紹介しておきましょう。

アウロラとケパロス
ピエール・ナルシッセ・ゲラン画(1810年)

 アテナイの国にケパロスとプロクリスというとびきり美男美女の夫婦がおりました。二人が結婚してまもない頃、ケパロスの美しさに恋をした曙の女神アウロラがなんと!彼をさらってしまいます。しかし、ケパロスはアウロラといい仲にはなりませんでした。女神さまの目の前で自分の妻がいかに美しいか愛しているかという話を繰り返します。当然、アウロラは面白くありません。「そんなにいうなら、プロクリスの元に戻るがいい!でもきっと後悔することになるでしょう!」と言い放ちます。
 ところが、女神の言い方がとても気になったケパロスはプロクリスが自分のいない間に不倫をするのではないかと不安になりました。そこで女神に頼んで別人の姿に変えてもらい、妻を誘惑して自分への愛を確かめたいと思いました。
 いざ、別の男になってプロクリスを口説きますが、彼女は「私は夫だけのものです!」ときっぱり拒否します。ケパロスはここでやめとけばいいのに、「あなたと一夜を共にするなら、いくら富をささげても悔いはない」と言って高価なプレゼントをバンバン贈ります。その結果、ついに彼女は受け入れようというそぶりを見せました。そこで、ケパロスは元の姿に戻り、俺というものがありながら何ということをするんだ!と彼女を非難します。プロクリスはショックのあまり家を出て、いっさいの男を遠ざけ、狩りの女神アルテミスにつかえ狩猟生活を送るようになりました。

ケパロスとプロクリス
ピーター・シモンズ画(1635年)

 ケパロスは自分の行いを後悔し、プロクリスに心から謝り、許してほしいと言いました。プロクリスもそれを聞いて彼を許しました。そして、プロクリスは仲直りのしるしにと女神アルテミスから与えられた、必ず狙ったものに当たる槍と決して獲物を逃がさない犬を彼に贈ったのです。めでたしめでたし、その後しばらく幸せな日々が続いたといいます。
 ところが、ある暑い日のことです。狩りに出たケパロスが木陰で休み、涼しいそよ風を求めてこんなことを言いました。「アウラ(そよ風)よ、ここへおいで! やって来てわたしを喜ばせておくれ…」「おまえはわたしの大きな喜びだ。おまえはわたしを元気づけ、わたしを愛撫する。」悪いことに、たまたまそれを耳にした村人がいて、彼はケパロスが浮気をしているものと勘違いしてしまいました。そして、そのことをプロクリスへ伝えます。プロクリスは悲しみに打ちひしがれひどく落ち込みましたが、自分の眼で確かめたいと考えました。意を決して狩りに出かけるケパロスの後をつけ茂みに隠れてようすをうかがいます。

ケパロスとプロクリス
パオロ・ヴェロネーゼ画(1580年頃)

 そして、ケパロスがそよ風に対して語り始めると、プロクリスは思わず息を飲み、後ずさりをしてしまいます。その気配に気づいたケパロスは茂みにけものがいると勘違いして必中の槍を投げつけました!その瞬間、「ああっ!」という叫び声!槍は残酷にもプロクリスの胸を貫いてしまったのです。ケパロスはその声からすぐにプロクリスだと気付きました。そして急いで駆け寄り血まみれの彼女の身体を抱き起こしました。プロクリスは息も絶え絶えに言いました。「私が死んでも、アウラを私たちの寝所へは入れないで…」ケパロスは「アウラとはそよ風のことだ。そんな女はいないんだ」と説明しましたが、時すでに遅し。それを聞いたプロクリスは少し安心したような表情で息を引き取ったということです。

 いかがだったでしょうか。申し分のない美男美女で愛し愛されていた夫婦が、互いのほんのわずかな不信感の芽生えによって悲劇を生んでしまったというせつない物語。そもそも女神アウロラが事の発端。女神がいらんことをしなければこんなことにはならなかったのですけどね。最後は女神の恨みが予言的中という形で晴らされたとみるべきでしょうか。
 女神さん、やっぱり怖いです。(終わり)

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